第10回大倉山ドキュメンタリー映画祭まであと1週間!

2017.03.17 Friday

映画祭まであと1週間ほどになりました。
先日15日には初のボランティア説明会を行いました。和やかな雰囲気の中、実行委員もボランティアも、いい映画祭にしようと意気込みを新たにしました。

おかげさまで今年はどの作品もまんべんなく予約が入っており、まもなく定員を迎える作品もあります。鑑賞ご希望の方はぜひお早めにお申し込みください。
また予約していたが参加できなくなった、という方も早めにキャンセルのご連絡を頂けましたら幸いです。


さて今日は、映画祭実行委員の一人、宮地さんが今年の上映作品『いのちのかたち −画家・絵本作家 いせひでこ−』を観たときの感想を転載いたします。


今年も参加したおひとりおひとりの胸の中に、ここで観た映画の記憶が残りますように。

 

『いのちのかたち −画家・絵本作家 いせひでこ−』 ©いせフィルム

 

 久しぶりに渋谷駅の外へ出た。相変わらずの人混みの中、246号線をまたぐ歩道橋を渡る。桜丘へ最後に行ったのはいつだったか。職場関係の忘年会かもしれない。もちろん、まだロゴスキーもあった。

 昔、ユーロスペースが2階にあったビルの1階に小さな試写室がある。そこで「いのちのかたち」という映画を観てきた。大倉山ドキュメンタリー映画祭の実行委員長も務める映像作家伊勢真一監督の新作だ。画家、そして絵本作家でもある“いせひでこ”さんの創作に関わる日々を追ったドキュメンタリー作品である。

 

 冒頭いきなり、そして映画の最後にも「じっと目をつぶる」「すると、何が見えてきますか」という“問い”が字幕だけで現れる。映画の中心は宮城県亘理町吉田浜に残ったクロマツの倒木。いせひでこさんにとって、その一つの“答え”がこのクロマツだったのだろう。

 

 立ち止まる。そのまま通り過ぎることができなかったのは呼び止められたから…。創作者が対象を見つける前の、そのわずかな瞬間を切り取ったような言葉。「奇跡の一本松」のように耐えて残ったものとは違う、津波に押し倒されたままのクロマツが発する“声”を風景の中に聴き取る創作者の感性は、そこに“いのちのかたち”を見たのだろうか。

 

 繰り返し見つめる子どものように、ただ見るのではなく、観察する。広葉樹が落とすどんぐりを模したような絵本「木のあかちゃんズ」、被災地の子供達との遣り取りや1000人規模のチェロコンサートへの参加など、創作の周辺が丁寧に描かれる中、目をつぶればクロマツが見えるように決して終わらない“問い”への“答え”として未完の創作は続く。

 

 宇宙の混沌の中に生まれ、泣くことを覚える赤ん坊。そして、原初の言葉である“ほほえみ”を周囲に向けるようになる。それは、どんぐりが芽吹き、1年そして1年と育っていく若木の成長にも重なる。いつかはクロマツのような大木になっていくだろうか。
 
 長田弘さんの詩といせひでこさんの絵が織りなす絵本の世界が映画の中に広がっているところは、伊勢監督自身の創作の姿勢とつながっているようにも見えた。それは、たとえばNHK「プロフェッショナル」の“流儀”のようにまとめられるものではなく、“問い”への限りない応答のような、対象への終わりのない向き合い方を示しているように思えた。

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2017.03.29 Wednesday

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